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桜とエスプレッソマシンの思い出

先週末の夜の嵐で、桜がほとんど散ってしまったのではないかと本気で心配したのですが、まだしっかりと花を残してくれている木もあって、なんだかほっとしました。

数日前の満月の夜、近所の公園の桜の木の下から、お月様を眺めてみました。 夜桜と満月。 今年、たった一度だけしか見られない景色です。

日に日に花の量が減ってゆく桜をみながら、「そうか、今を愉しむ」ってこと、すごく大事だなあと、改めて思っています。

自分の人生を振り返ると、桜が咲くこの短い期間には、自分にとって辛かったり、悲しかった出来事の思い出と重なることが、実は意外に多かったりするのです。

それでも私は、毎年桜が咲くのが待ち遠しくて、そして不思議と、満開の桜を観ても、辛い気持ちになったりはしないの。 

桜の木が花を咲かせるパワーってものすごいと言いますけど、本当だと思う。 

あんなにほんのりと淡くて、とても清楚な花なのに、あの旺然たるエネルギーにふれると、過去のネガティブな記憶なんて浄化してしまうほどの力を受ける気がするのです。

今日は母方の祖母の命日です。 

祖母が亡くなったという報せを受けて、大急ぎで車を走らせたあの日、祖母の住んでいた宮崎県の小さな町へ向かう道は、見事に満開の桜並木でした。

その時、「これから毎年、満開の桜を観るたびに、このことを思い出すのだろうなあ」と思ったのですよね。

祖母とは、子供のころからずっと離れて暮らしていたので、夏休みや春休みの、ほんの短い期間にしか会う機会がありませんでした。

とても潔い性格の人で、済んだことを振り返ってグズグズ言ったり、文句や愚痴などを、一切言わない人だったみたいです。 

孫の躾にも厳しい人で、私も小さかった頃、彼女に甘やかされたような記憶はいっさいありません。

満開の桜の季節に旅立ったのは、だからとても、あの人らしいと思うのです。 

今年もまた、満開の桜の木を見上げると、悲しい記憶よりも、これからの希望で胸がいっぱいになる。

私はこれまでの人生の中で、どんな時でも、過去のあの時に戻りたいと思ったことが一度もなくて、だったら前に進みたいと思うのです。 

きっと、私の中にもあの祖母の血が受け継がれているということなのかもしれません。 

そういえば、先日から時々話題に挙げている「桜餅」なのですが、島根県の松江は、西日本なのに江戸風「長明寺」の桜餅なのだそうです。

松江といえば、茶人としても有名な、松江藩七代目藩主の松平不昧公の時代から、今も茶の湯の文化が深く街に親しまれていて、和菓子処としても有名な地です。

松江の和菓子は、楚々として品があり、そしてとても美味しいのです。

私は、松江という街がたまらなく好きなんですよ。

ただ、残念なことに、福岡からはけしてアクセスが便利なわけではなくて、コロナ禍でなくても、思い立ってすぐに行こうというふうにはならない場所だったりするのですが…。

そのうちゆっくり時間をつくって、わざわざ行きたい、絶対に行きたいと、いつも思っている街なんです。

以前、ある殿方に、「松江は本当に素敵な街だから、桜の季節にまた行きたいんだよね~♬」と言ったら、「俺は嫌やわ、あの街にはろくな思い出がない」と一蹴されてしまったことがありました。

何でも、彼は過去にたった一度だけ、松江に仕事で行ったことがあるのだそうです。

その時、たまたまいろんなことのタイミングが合わず、仕事がスムースに運ばなかったらしくて、彼曰く、「さんざんで、嫌な記憶しかない」からだそうで・・・。

でも、それはあの街のせいでもなんでもなく、たまたま仕事の行き違いがあったというだけのことで、あの街の素晴らしい魅力までを全否定されてしまうのは、あまりにもったいなくて、とても残念な思いがしました。

ですが、その方は、他にも何かにつけ、考え方がそういう思考に向きがちな方でした。

ある時、お世話になっているお礼に、エスプレッソが好きなその方のために、イタリア製のエスプレッソマシンをプレゼントしたことがありました。

喜んでいただけて、早速、使ってみてくださったのですが・・・。

ご存じの方はすでに予測されたとおり、エスプレッソマシンの扱い方って、ちょっとしたコツがあるのですよ。 

慣れないと、なかなか簡単には使いこなすことができないんです。

何しろ、彼にとっては人生で初めてのトライだったので、当然うまく淹れることができず、見事に溢れさせてしまったんですね。

「機械に慣れるまでは誰でも難しいみたいだけど、でも、何度か練習してできるようになったって、みんな言ってるよ」と私が言うと、

「いや、もう、絶対にやらない」と、彼は静かに言い放ちました(ぐすん)

差し上げたばかりのエスプレッソマシン。 彼の頑ななご性格からすると、間違いなく、二度とトライしてもらえないだろうことは明らかでした。

彼にとっては、そのエスプレッソマシンには、すでにもう「さんざんで、嫌な記憶しかない」ものになってしまったのです。

ただね・・・リベンジの意味で、もう一度トライするということをしなければ、嫌なことを塗り替える成功体験というものは、絶対におこすことはできないものだと私は思うのです。

満開になった桜の木を見るたびに、私の心の中にはいつも、そういう気持ちが湧き上がります。

たとえ嫌なことがあったとしても、翌年にはまた、必ず新しい花が開くのですから。 その時に新しく素敵な思い出を作ればいい。 

そして、嫌な記憶も、新しく、素敵な記憶に塗り替えてゆけば良いのです。

朔日参りの神社の桜です。 

4月1日は、境内の桜の木の下で、毎年、氏子さん達のお花見の会が開かれます。 今年はほとんど葉桜になってしまっていましたが、それもまた、氏子さん方にとっては今年の良い思い出となることでしょう。

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