4月に入ったというのに、この寒さ。
でも数日前、車で外出した時に、家の近所の桜の木が、すでに満開になっているのに気づいて、ハッとしました。
昨日、恒例の一日参りに出かけた氏神様の境内の桜も、見事に満開になっていました。

そうか…今年もちゃんと、桜の季節がやってきたのですね。
風水的には、今年は全般的にスロースタートのうえ、スローペースで進む傾向にありそうだといわれている年なんです。 なので、物事が進むのには、何かとスピード感に欠けるような気がするかも。
もしかすると、それで季節もこんなふうに、冬を引きずるようにして、ゆっくりと春に向かっているのかな。
気候の変化もスピード感に欠けるのかもしれませんね。
さて、今日は、母方の祖母の命日です。
あの日、満開の桜の道を走って、大急ぎで祖母の住んでいた宮崎県の小さな町に向かいましたっけ。
田舎の小さな町で暮らしていた、小柄なおばあちゃんのために、何百人という方達がお別れに来てくださり、その通夜と葬儀は、それはそれは盛大なものでした。
その昔、小学校の校長だった祖父が深刻な病で床に伏した時、お嬢ちゃん育ちなうえに、それまで専業主婦の経験しかなかった祖母は、すぐに小学校の教師となって、夫の代わりに一家の大黒柱となりました。
明治生まれだった祖母は、当時の人には珍しく「これからの時代は、女子にも立派な教養が必要だ」という考えの父親(私たち姉妹の曽祖父)のもとで、恵まれた環境で育てられたそうです。
お陰で祖母は、いろんな楽器を習ったり(薩摩琵琶はとても上手だったらしい)、様々なスポーツにチャレンジしたり、当時にしてはかなりハイカラな女学生時代を過ごしたらしくて、そのうえ教員資格も持っていました。
曽祖父の、「女子も様々な教養を身に着け、社会のために貢献できるスキルを持つべき」という方針で育てられたおかげで、祖母はやがて、自分の夫が病に倒れた時、持っていた自分のスキルをすぐに社会で活かすことができたのですね。
子供たちを抱えてオロオロする間もなく、状況に速やかに対応し、しなやかに逞しく生きた女性でした。
母がいうには、いつ眠っているのだろうというほどに、仕事に全力を注ぐ人であったらしく、そんな祖母のことを、たくさんの教え子の方たちが、長きにわたり慕ってくださいました。
そういえば、私が小さかった頃、スケッチブックとクレヨンを祖母に渡して、「雀を描いて」「インコを描いて」と、思いつくものをねだると、祖母は「う〜ん、雀ねえ・・・」なんて言いながら、サラサラと見事に私の望むものを描いてくれましたっけ。
そのうえ祖母は、とても美しい字を書く人でした。
孫たちの教育にはとても厳しい祖母でしたが、何を訊ねても、必ず答えてくれる、無限の知識を持っているのでは?というほどに、今になって思えば、数多くの引き出しを持った人だったような気がします。
何事も、過ぎたことをクヨクヨ考えない、起きたことに対してけして泣き言を言わないという、とても気丈な人でしたから、あの祖母の血を引いている以上は、孫の私も、潔さを持って生きてゆかねば、と思うのです。

庭の桜も見事に満開になりました。
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