「いつか叶うといいな」と思っている夢が、あなたにはいくつありますか?
それは本当に、いつか叶いそうなことですか?
「いつか行けたらいいな」と思っている場所が、あなたにはいくつありますか?
あなたがいつか見たいその景色は、いつか本当に見ることが出来そうですか?
私の中で、「いつか行ってみたいなあ」と思っていた場所のひとつに、東京目白の「椿山荘」がありました。
実は先日、思いがけず、その夢が叶ったのです✨
明治11年、軍人・政治家であった山縣有朋が、私財を投じて、古くからたくさんの椿が自生していたこの辺りの山を購入し、見事な庭園と邸宅を造り「椿山荘」と命名しました。
その名園が時代を経て、レストランや結婚式場として、現代に受け継がれているものです。
昭和の時代に空襲を受けたものの、妙妙たる復興を果たし、 令和の世に、自然の息吹が受け継がれ、静かに大切に守り続けられています。
お花にも格式を感じる、エレガントなエントランス。
窓から望める素晴らしい庭園。 正面に望めるのが、有名な椿山荘の三重塔です。
室町後期から江戸初期の時代に作られたらしいこの塔は、もとは安芸国(広島)の竹林寺に建っていたものが、大正時代にこの地に移築されたのだそうで、戦災に遭ってもこの塔は、奇跡的に焼け残ってくれたのですね。
二万坪ほどもある、起伏豊かなこの庭園の中には、他にも小さな稲荷社や、樹齢500年にもなるご神木、鎌倉時代の作である石灯籠なども配されていて、もし叶うならば、気候の良い時期に、今度はゆっくりと、お庭を散策してみたいという夢がまたひとつ増えました。
さて、この日は椿山荘の中の、「イル・テアトロ」にお連れいただいて、美しく美味しいお料理を堪能させていただきました。
レストランに向かう廊下を歩くだけでも、優雅な世界に魅了されます。
メニューがあまりに可愛くて、感動しちゃいました。
お食事を楽しみながら、ガラスの向こういっぱいに広がるのは、まさに幽玄の世界です。
いつか・・・と思っていた夢が、こんなに素敵な形で叶うなんて、まるで人生にご褒美をもらったみたい。
ところで、山縣有朋は、長州(山口県)萩のご出身の方で、この庭園も、どこか萩の地を思わせる風情があるのだと何かで読んだ気がします。
萩といえば、吉田松陰の名が思い浮かびます。 世界遺産にもなった、あの有名な松下村塾を主催した方ですね。 明治維新を成し遂げた、伊藤博文たちを生んだ有名な私塾です。
偶然、先日見かけたある方のブログに、吉田松陰についての興味深いお話がありました。
それは最近、SNSでよくシェアされている、
「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし。」
という言葉について。
吉田松陰の名言とされる、この文中の「夢」という箇所に、とても違和感を覚えたというものです。
この方は、真意を確かめたくて、面識がある松陰神社の名誉宮司様に、直接お電話をして確認されたのだそう。
そして先方からも、この言葉は吉田松陰のものではない、という回答と共に、「松陰先生は、夢という言葉をお使いにならないことも確認しております。」ときかされたとのことでした。
昔の人たちにとって、「夢」という言葉は、あくまでも寝ている時に見る、感覚的なものの意味合いとして使われていたようです。
そう言われてみたら、現代でも「夢」と言う言葉は、本当にふんわり漠然とした希望的展開をさすイメージがありますよね。
将来的に叶えたい願望や、目標、野心などにあたる言葉に対しても、「夢」と表現するようになったのは、時代的にはわりと最近のことなのだそう。
英語の「Dream」の訳として、眠っている時に見る感覚である「夢」の他に、もうひとつの意味である「志すもの」を表す意図で、「夢」をあてはめたことで、いつか叶えたい願望のことまで「夢」と言うように変わってきたらしいのですね。
日本語の言葉の語彙はとても豊かですから、昔は、夢と現実、憧れと志は、きちんと分けて使われていた、ということなのでしょう。
「夢か幻か」という言葉があるけども、夢は眠っている時に見るもので、幻は起きている時にみるもの。 どちらにしても、現実には存在せず、手にすることもできないものです。
だから、「なるほど、強い意思をもって取り組もうとする高い志に対して、本来は、けして夢という言葉はあてはまらないし、当てはめるべきではないのかも・・・」という気がしたのです。
ん? もしかして、「夢」って言葉を使うことで、叶えようとする力は弱まってしまうかも⁉
そういえば、山口県の萩と言う街は、とても魅力あふれる、本当に本当に素敵なところで、私の大好きな街のひとつです。
同じく私の大好きな、島根県の松江と共に、「そのうちまた、ゆっくりと訪れたいな」と、いつも夢見ている場所なのですが、福岡市からだと、けしてアクセスが良い場所とはいえず、「いつか」と思うばかりのまま、叶えられていない夢の一つ。
こうして、その気になって時間さえ作れば、おそらく簡単に叶うだろう「夢」が、「夢のまま」で放置されていることって、私の中にはたくさんあるんですよ。
例えば、ずいぶん前に、一度だけ訪れたことのあるパリの街を、またゆっくりと旅してみたいなと、ずっと思っていて、もし可能なら今度は、プロヴァンス地方にも足をのばしてみたい、と思っていることとか。
それから、イギリスならば、せめてロンドンの街だけでも一度は行ってみたいと思っているし、イタリアならば、ローマとミラノと、できればトスカーナ地方にも行ってみたい。
スペインにも、ポルトガルにも、行ってみたいという夢を、いつかは実現できればいいなあと、ぼんやりと、長年思ってきたのだけども・・・。
年齢を重ねるにつれ最近は、なんだか「一生のうちに、ヨーロッパにはもう、行く機会はないかもしれないなぁ」と、漠然としたあきらめに似た感情に変わってきていることに、秘かに気づいていたりするのです。
人は自分の将来に、「まだまだたっぷりと時間がある」と思いがちだけど、これって何の根拠もない自信ともいえることだと思うのです。
いわば、まだ世間知らずの、自分のポテンシャルも把握できていない若造の時代に、「自分はまだ本気出してないだけだ」と思いがちである、根拠のない万能感と、少し似ているかも。
人生の時間は限られているのだから、「いつかやろう」と思っていることは、きちんとリストアップして、強く叶えたいと願うことから、実際に行動をおこしていかなければ、一生実現せずに終わってしまいます。
人生の時間は有限。 夢と志すことをしっかりと分けて、自分の力で実現できることに対して、どんどんと行動を起こしてゆかねば・・・と、椿山荘の歴史ある土地のパワーのおかげで、改めて感じています。
名所を訪れることで得られる、ご利益的な力って、きっとこういうひらめきに似た感覚を得ることなんだと思う。
そしてもしかすると、これも、風水的なパワーのひとつなのかも。
「羅盤を持って、都内の良い場所を、ゆっくり調べて回りたいなあ」と、鮑先生がつぶやいていらした意味に、私も深く同意したのです。
素敵な1日をプレゼントしてくださった、素敵な女神さまに心から感謝です。
今日もご覧下さってありがとうございます。
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15年程前の映画で、主役のトム・クルーズが、「(亡父の車を完成させて)いつか南米の最先端ケープホーンまで行きたい」って言う相手役のキャメロンディアスに返した台詞です。↓
Someday. That’s a dangerous word. It’s really just a code word for “never”.
映画の台詞ですが、この言葉に衝撃受け、以降「いつか」という言葉を安易に使わなくなりました(笑)。
ayaさんの「いつか」の見極めはどういう基準なんでしょうか(?_?)
病気は草で治す(埼玉県民)さま
コメントありがとうございます。
本当に、その、“never”って言ってるのと同じ
って言葉は、ズキンと胸に刺さります‼
で、考えてみました。
いつ(具体的な日時)> 今度 > そのうち > いつか
私の中では、こんな感じかなって気がしました。
ということは、確かに「いつか」は限りなく「けしてない」に近いわ…。
先日は、ありがとうございました