子供を産まないということ

「あなた子供、いないの?」
「どうして子供産まなかったの?」

私はこれまでに、もう本当に幾度となく、こんな質問をされたことがあります。

たいていそういう人は、「女性なのにどうして子供を産んだことがないの?」、「それは産もうと思わなかったからなの?」、「そもそも子供をほしいと思わない女性なんかこの世にいるの?(そんな女性、いるはずがないということが前提)」、「子供がほしくなかったとしたら、理由はどうしてなの?」、だから純粋に「何で子供がいないの?」とお目目をぱちぱちさせて無邪気に質問してくるのです。

私の場合は、そういう時には、「なんででしょうね~、ほしいと思わなかったわけじゃないんですよ、でも子供ができるほど男性と仲良くなったことがないからかな~。」なんて(これってほぼ下ネタ(笑)??)という答えでお茶を濁しつつ、テキトーに笑いを誘いつつ、切り抜けてきた感じがします。

こういうと、それ以上「どうして?」「なんで?」「産みたくなかったわけじゃないんでしょう?」「子供、嫌いなの??」なんて、しつこく追及してくる人は、まずいないの(笑)

でも、だいたいそういうことを、無責任に無邪気に質問してくる失礼な人(少なくともデリカシーがあるとは思えないし、他人の深い事情に配慮できる理知的な感情の持ち主ともおもえない)に対して、真剣に自分の個人的な事情までを、あれこれ詳しく語って差し上げる必要もないと思っているんです。

女優の山口智子さんが最近、雑誌「FRaU」のインタビューで、「私は、『子供のいる人生』とは違う人生を歩みたい」と語ったことが、かなり話題を呼んだのだそうです。

「私はずっと、『親』というものになりたくないと思って育ちました。私は、『子供のいる人生』とは違う人生を歩みたいなと。だからこそ、血の繋がりはなくとも、伴侶という人生のパートナーを強く求めていました」

「私はずっと、子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました。今でも、一片の後悔もないです。人それぞれ、いろんな選択があっていいはず。

もちろん、子供を持って初めてわかる感動もあると思います。実際に産んでみないとわからないことだと思うけれど。

でも私は、自分の選択に微塵の後悔もないです。夫としっかり向き合って、二人の関係を築いていく人生は、本当に幸せです」
「FRaU」(講談社)2016年3月号

この発言に、とても勇気づけられた!と賛同する女性が多いと聞きました。

ところで、すでにご存じの方も多いかと思うのですが、つい数日前、大阪のとある公立中学校の校長先生が、朝礼でお話になったこと、「女性は子供を2人以上生むことが大事」が、さまざまな論議を呼んでいますね。

今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げて良く聴いてください。女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。

なぜなら、こどもが生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。

「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです。子育ては、それ程価値のあることなのです。

もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。

次に男子の人も特に良く聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。

人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。

子育てをしたら、それで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。

大阪市立茨田北中学校 ーより引用

新聞などの報道によると、市教育委員会からの聞き取りがあった際、この校長は「間違ったことは言っていない」という認識であると答えているのだそうです。

そうですか…。 確かに、これが間違っていると言いきって非難がなされるべきか、となると、子供を産むことはおそらく、女性にとっても社会にとっても必要で大切なことであるわけですから、「間違ったことは言っていない」という校長先生の主張は確かに正しいのかもしれません。

ただし、私が思うに、ではほかの意見が間違いなのか…といえば、例えば、山口智子さんのような「私は『子供のいる人生』とは違う人生を歩みたい」という女性としての主張が間違いなのでしょうか、私はこれはこれで、絶対に間違っているとは思いません。 むしろ、これはこれで正しい主張であってもよいと思いますもの。

ただ大事なことは、この校長先生は、ご自身の教え子たちに、ご自身の主張を「正しいこと」として押し付けていること。 山口さんの場合は、あくまで私はこうしたい、という気持ちを述べているだけ、この差はとても大きいと思います。

そもそも、こういうことはどれが絶対に正解で、どれが絶対に間違っているという問題ではないように思えます。 きっといろんな意見がそれぞれ正解なのです。

私は、自身の意見としては、それぞれ正しいこととしてあってよいことだと思うんです。

でも、ちょっと思ったのですが…。 校長先生は「女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。」とお話しになったようですが、女性の立場として言わせていただくならば、残念ながら女性一人では子供を産むことができません。 なぜならば、子供は産む以前に「作る」という行為が必要だからです。

以前から、私はよく感じることなのですが、世間の男性の多くは、「子供は生まれるもの」という発想でいらっしゃる方がとても多いような気がします。

下世話な話で申し訳ないけど、男性にとってはウキウキわくわくの「楽しい行為」が終われば、とりあえず完結です。 でも、女性にとってはそこからがスタート。 長くつらい妊娠期間を、不安と戦いつつお腹をかばいながら、体調を気遣いながら過ごし、やがて苦しく命がけの出産という大作業の末に、ようやく「子供が生まれる」という結果になるのです。

子供が生まれるまでの一連の流れが、男性にとってはいまいちワンセットとしてとらえられていないんじゃないかしら、と思う時がよくあるんです。

産めというより、まず先に、人間一人を作るという人としての責任の重さを、男女問わず、しっかりと説いてほしいものです。

「もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。」とのことですが、

そうすれば、校長先生のおっしゃる「親に恵まれないこども」というような気の毒な子供さんも、世の中から随分と減ることでしょう。

しつこくて申し訳ないですが、そもそも、「子供を作る」という行為がなければ、「子供が生まれる」ということはないのですから。

そして、子供を持たないからと言って、血のつながりのない子供の親になれるぞという推奨は、これまた私には、かなり極論すぎる発想な気がします。

子育てが素晴らしい体験であろうことはとてもよく理解できるし、その体験が出来ないことは人としてとても残念であることかもしれない。

だけど、それ自体が他人から非難されるべきことかというと、私はそれは全く違うのではないかと考えます。

今後、もっともっと、いろんな選択肢があって良いのだという社会になってゆけばいいなぁ。
今日の応援、よろしくお願いいたします。

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