誰かの助けになるということ

週末、私がお仲間に入れて頂いているある会の定例会に参加してきました。 ドクターが主催している異業種交流会なのですが、毎回食事会の前にゲストによる講演を拝聴することができる、とても有意義な会です。 

巷によくある、「みんなで騒いで飲みましょう!!」的な趣旨ではないところが私はとても気に入っていて、しかも毎回、私なんかが普通に生活していたら、当然お目にかかれるような機会があるはずもない素晴らしい方が、気さくに「彩さん、この前はどうも!」なんて声をかけてくださることもあります。 

そして、自分が全く知らない分野の、とてもためになるお話が聴けるので、時間と予定の許す限り、出来るだけ参加させていただくようにしている会なのです。

今回の講演は、福岡市で「在宅ホスピス」に取り組んでいらっしゃる、あるドクターがお話しをしてくださいました。 主催者のドクターの大学の先輩にあたる方で、偶然、私の自宅のすぐ近くでご開業なさっていることもあり、地元でこの先生のお名前を知らない人はいないというほどの先生です。

また、当然ながらその素晴らしいご活動は日本全国に知られていて、地域に貢献する5人の医師が表彰される「赤ひげ大賞」を受賞なさったこともあるという、すごい方なんですよ。

「赤ひげ」とは、山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚(しんりょうたん)」と、有名なあの黒澤明監督の映画「赤ひげ」にちなんだ名前がついた賞です。 

実在の人物と史実が題材になった小説で、江戸時代の名医のお話しだということは知っていたのですが、講演の中で、この映画の一シーンが紹介されていて、これって、さすがの私もまだ生まれていない時代のモノクロ映画なんですけど(若い医師役の加山雄三さんが、ホントにものすごく若かった(笑)!!)、たった数分間だけでも感動して見入ってしまったくらい。 近いうち、DVDで観てみよう♫ と思いました。 

さて、この映画の中の1シーンに、先生のポリシーにそのまま反映することがあって、それが「赤ひげ」の台詞にある、「病気の大半の原因は貧困と無知だ、貧困と無知がなくなれば、多くの命が助かる。」という一節。

「もし赤ひげが現代に生きていたら、おそらく途上国支援をするのではないか、貧困と無知の世界そのものともいえる発展途上国に対して、日本の医療はもっと目を向けるべきではないのか」という考えのもとに、先生は、バングラデシュの看護学校建設支援のご活動をなさっています。

誰かのために助けになろうと、実際に周囲までを動かして頑張ってしまう行動力って、本当にすばらしいなあと、こういう方のお話しを伺うたびに、つくづく感じます。

ところで、最近ネットやSNSで紹介されていて、ちょっとした流行(?)のような感じがする、「ある種の記事」の中に、ちょっと気になっていることがあるんです。 それは、実話なのか、創作なのかはわかりませんが、それは、さも何気ない日常で起こった出来事のようにして書かれた、「良い話し」です。

電車やバスの中などで、ひどくマナーの悪い人を、誰かスカっとする方法で懲らしめたとか、小さな子供さん連れのお母さんや、障害をお持ちの方のような守られるべき立場の人が、誰かに差別を受けたり、意地悪をされているのに対して、誰かがバシっと制裁を加えたとか…。 たいてい読んでいて胸のすくような、気分のいい悪者退治のお話しなんですよね。

中には思わず、ぽろぽろと涙がこぼれてしまうような感動的なお話しもあり、たとえこれがフィクションだとしても、世の中にこんなことがたくさんおこれば本当に素敵だなぁと思うお話がたくさんです。

最近は、流行りに便乗してなのか、そんなお話しをショートドラマ仕立てにしたテレビ番組もあるようで、「さあ、あなたはどれほどスッキリしましたか?」的な構成になってるみたいなんですけど。

で、このてのお話しの中に、いかにも創作しました的な内容があるのはさておき、私が気になっているというのが、そんな中にはたまに「これが道徳的な悪者成敗のよいお話しだと言いたいなら、それはちょっと勘違いじゃないのかしら?」と感じるものがあるということです。

いかにも登場人物が善行をしたかのようなストーリーで、「守ってあげたぞ」的な話しには仕上がっているけども、むしろこれだと逆に、その方に対しての偏見があるとしか思えない…。そんな危険性をはらんだものがあることです。

「弱者を助けた。」と言う筋書きが、なんというか、とても「上から」なのです。

守られるべき立場の人は、けして「下」ではない。 私はそう思うのです。

誰かに手を差し伸べるというのは、「してあげる」ということとは違うのではないかと思うのです。

さて、先ほどの先生が、「バングラデシュの看護学校建設支援のご活動をなさっている」というお話しなんですけど、何故バングラデシュの看護学校建設かと言うと、日本よりも人口の多いこの国で、医師と看護師が圧倒的に足りていないから。
 
発展途上のこの国の都心から離れた地域の村々ではさらに不足しています。「病気の大半の原因は貧困と無知。」そこで、先生は僻地の村に看護学校を建て、地元の女の子たちに教育の場を作ることで、地域の女性達を地域を救う人として育てるという活動をなさっているわけです。

つまり、貧しい人たちに手を差し伸べる方法というのが、ただ日本から現地に行き、みんなに薬を与えることを「してあげる」わけではないわけです。 地元の女の子たちは、地元で学べることにより、地元で働き地元の人々を助け、地元で結婚して、その後も地域社会に貢献することができます。 

誰かのために助けになるということ。 それはつくづく、「してあげる」こととは違うのだと思います。

それではみなさん、どうぞ穏やかで楽しい日曜日をお過ごしくださいね。 今日の応援も、どうぞよろしくお願いいたします。 是非是非、今日も「ブログランキング」と「天然石」をぽちっとしてくださいねー♫

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