運命の人との別れの決断
しばらくご無沙汰していた方から、昨日、久しぶりにお電話を頂きました
お元気そうな声を聞いて本当に嬉しくなりました
風のうわさで、最近離婚なさったことは存じていたのだけど、落ち着いたら、きっとご連絡くださるだろうな、と思っていたのです
便りがないのは元気なしるし
って言いますけど、身辺が何かとばたばたしている時、「ちょっと聞いたわよ~
大変なんだって
」 なんて連絡をもらうより、そっとしてもらっていたほうが有り難い時もあります
私に何か出来ることがあれば、きっとご連絡を頂けることもあるだろう
困った時はお互い様
そう思ってあえてご連絡をしていなかったのです。 きっと、元気で頑張っていらっしゃるはずだから・・・と
最近、子供さんと2人暮らしの生活になったのだというその方は、驚くほど明るい声で、「私、本当に今楽しくて幸せ
」 そうおっしゃいました。 いろんなことから解き放たれて、重たかった荷物をもう背負わなくていいって、なんて気楽で幸せなことなんだろう・・・と。
「こんなことなら、もっともっと早くに離婚を決断すれば良かった・・・私は何て永い時間を無駄にしてしまったんだろう
悩んで苦しんでいたこの何年もが、ホントに馬鹿らしく思えるのよ
って」 彼女は晴れやかな声で私に言いました。
彼女は本当に、これまで良く頑張ってきたのです
「こんなことなら早く決断すればよかった
」 心からそう思っていると話す彼女に、これまで決断を渋らせていたのは、周囲の方の意見だったのだそうです
「子供が可哀そうじゃない
子供がいるのに離婚だけは絶対にダメよ
」 そう身近な人に言われ続けて、「確かにそうだ、子供がいるんだもん・・・
」 そう思って思い留まってきたのだと
「もちろん思いとどまることは自分でしたこと、自分で決めていたことなんだけどね」 彼女は大人なので、もちろんそのことを他人の責任にはしてはいません
自分の人生にとって大きな決断になるようなこと、周りの大切な人まで巻き込むことになるとわかっていること、何が最良の選択なのか本当にわからなくて、どうしたらいいのか決めかねる時って、誰だって他人の意見を参考にしたり、他人の意見にすがりたくなるものだと思います。
彼女に「絶対にダメよ
」と言い続けてきたその方は、きっと、ご自身の結婚がとても幸せなものなんだろうな・・・そんな気がしました。 もちろん、大切なお友達に自分の価値観を押し付けるつもりはなかったのだと思います。 それに、誰だって自分の価値観でものを言います。 でも、「普通、こうよね
」と言う「普通」は、自分の価値観ですものね
例え血のつながった家族と生活を共にしていたって、何かと大変に感じることもあるものだから、結婚となればなおのこと、楽しいことばかりではないはずです。
「そりゃ大変なこともいろいろあるけど、幸せなこともたくさんあるのよ
結婚っていいものよ
」って言える人は幸せだし、ご自身が立派な方だと思います
そして、その方だけでなく、お相手の方もとても立派な方なのだと思います
片方だけの努力に、もう片方はどんどん甘んじて、頼ってしまって、そのうち相手にかなりの負荷を与えていることすら気付かなくなってしまうもの
「二人の間に何の問題もない
」と自分は思っていても、実はパートナーの方にものすごい我慢をさせていたり、辛い思いをさせている人って、世の中には結構いらっしゃるものです
「他人に愚痴を聞かすのはよくないこと」、「他人にネガティブエネルギーをぶつけてはいけない」
そうは思っていても、自分ではどうしていいのかわからないことがあれば、信頼できる人につい話を聞いてもらいたくなったり、相談して意見を聞きたくなったりなんて、誰にでもあることだし、当然のことです
だけど、決めるのは自分
本当の辛さを知っているのも、どれだけ苦労をしたかがわかるのも、自分自身でしかないのだから、自分の力で、自分の決断で自分を幸せにしていかなくちゃって思うのです
もしも私が、誰かにそんな話を聞かされたら、私は「あなたの出す決断が最良の選択なんだよ
だからきっと、それは間違ってないよ
私はあなたの出した決断に、私の出来る精一杯の応援を続けるよ
」 そう言ってあげたい
「彩ちゃんのブログはずっと見てたのよ
お礼が言いたくて電話したの
」 と、彼女はおっしゃるのです。 お礼だなんてこそばゆくって恥ずかしくて、何だかすごく恐縮しちゃうんだけど・・・
彼女は今、とっても幸せだけど、それは離婚することによって逆に、何年も連れ添ったお相手の方と、逆に良い関係がもてるようになったこともあると言います。 だけど、彼女は 「自分は失敗したヤツ。 人生の選択を誤った人間
」 っていうレッテルを貼られたと決めつけていたのだそう。
でも、私が昨日自分のブログに書いていた、『「結婚する人が運命の人でなければならないんだ
」という考えに、どうしてみんなとらわれてしまうのかなぁ
もしかしたら、その発想が、離婚した人のことをなんだか「失敗した人」みたいな、まるで人生の大きなミスを犯した人のようなイメージにも仕立ててしまうのかもしれない
』・・・と、それを読んで、何だかとっても楽にになった
と言ってくださるのです
「失敗」と、自分で勝手に思いこんでただけなのよね
と。
私は人生の目的は『幸せになること』だと思っているのだけど、幸せになるために進んでいく経過に起こったことが、「失敗」のはずがないですよね
そう思うんです
「縁あって出会い、結ばれて大切な子供まで授かった相手だから・・・」 と思ったのだとも、彼女はおっしゃっていました。 そのお気持ちも何となくわかります
運命の人、と思ったから結婚した。 別れればそれが間違っていたことになる。 そして、いろんな人に心配をかけて、悲しませることにもなる。 だから余計に間違いだと認めるわけにはいかない
そんなお気持ちもあったのかも知れません。
二人は魂のレベルでの・・・とか、前世からの結びつき・・・とかいう表現があるけれど、本当に魂レベルでの結びつきならば、「婚姻届」や「離婚届」の紙切れ一枚、ただのぺらっぺらの薄~いもの。 そんなの後からくっついてくることです
だからと言って、「そうよね
だからやっぱり、彼の奥さんよりも、私と彼との結びつきのほうが・・・
」って、それはまた全然違う話だけど(笑)
つまり、そもそも「魂の・・・」なんて、そんな発想にとらわれること自体が、自分に重い足かせをして動けなくしているのかも知れませんよ
大切なのは、自分が自分の幸せに向かって進み続けることです
私はそう思っています
だから私も幸せな気持ちをたくさん感じられるように、もっとステキな自分になれるように努力し続けなきゃだし、もっとキレイになれる追求をして・・・もっと楽しく毎日を過ごせるように、そして周りの人たちも幸せにできるように・・・
さぁ、今週も頑張りましょう
久しぶりにその方に会うのが今は楽しみです
きっと以前にもましてキレイになってるんだろうな~
ここ、2つ
ぽちっとしてね
そしたらキレイに・・・すみません、嘘です





