「東京は秋の訪れが早い」と九州で生まれ育った私は、9月を東京で過ごすたびにいつも、しみじみとそう思います。
ここ数日、秋雨が続いていることもあってか、夜風は半袖のTシャツ一枚ではすでに肌寒さを感じるほど。
日中に聞こえていた蝉の声はすっかり聞こえなくなり、陽が落ちるとどこからか、虫の音が響いてきます。
きっと九州はまだまだ暑くて、秋のお洋服の出番はもう少し後になるのかと思うのだけど、東京は秋のお洒落をめいっぱい楽しみたくなる季節になりつつあります。
日中のお出かけも、日焼け止めを塗りたくらなくても良いと思うと、空き時間に気軽にふらりとお散歩に出かけて、このあたりを探検するのがより楽しい。
これまでに、あらゆるメーカーの、あらゆるテクスチャーの日焼け止めを試してきましたが、日焼け止めを塗った時の肌の違和感が、どうも気になってしまう私は、できるだけ日焼けしたくないけれど、できれば日焼け止めは塗りたくないというジレンマに、毎年苦しんで一夏を過ごすのです。
さて、東新宿は、自分の足でちょっと歩くだけで、江戸の名残を感じる場所をそこここに見つけることができる街です。
例えば「山吹坂」。
おそらくかつてはくの字に曲がって作られた、とても急で小さな坂だったはず。
ここはなんだか、時間の流れがふっと変わるような不思議な場所です。
不動明王を祀る大聖院の境内に上がる、なだらかな坂に寄り添うような小さな小さなこの坂は、コンクリート造りの階段坂でありながら、室町時代の武将の太田道灌と、ひとりの聡明な女性の物語を、静かに今に伝えています。
太田道灌は、私の好きな武将の中の一人です。 江戸城を築いたことで有名ですが、彼を語るうえで欠かせないのが「山吹」の伝説です。
あるとき、鷹狩りの途中、にわか雨に見舞われた道灌が、雨具の蓑を借りようと粗末な民家を訪ねた際、そこから現れた娘が何も言わずに差し出したのが、山吹のひと枝だったというお話です。
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき」と、少女は『後拾遺和歌集』にある古歌にかけ、「実の」と「蓑」を重ねて「お貸しできる蓑がひとつもなくて心苦しい」という想いを、花に託してそっと伝えたのでした。
その奥ゆかしい心づくしの意味に気づかず、多分ちょっと怒って(笑)帰城した道灌は、家臣からその歌を教えられて、己の無学を恥じ、ますます歌道に励むようになったのだとか。
その娘こそが「紅皿(べにざら)」。
伝えられるところによれば、紅皿の父は応仁の乱の戦乱を逃れ、武蔵野に隠れ住んだ武士でした。
容姿が美しく心ばえも雅やかで、和歌を好んだ彼女は、周りの人々から美しい器の「紅皿」にたとえられ愛されていたのだそう。
やがて道灌に城に迎えられた紅皿は、彼のもとでさらに歌道を深めていきました。
後に道灌が謀殺された後、彼女は尼となってこの近くに小さな庵を結び、静かに余生を送ったと伝えられています。
私の祖母があるとき、八重山吹の花の枝をそっと手に取って、「八重の山吹は、確かに実がならない」と呟いたことがありました。
それが道灌の「山吹」の話であったことに気づいたのは、ずいぶんと後のことでしたが、山吹坂を通るたびに、静かに博識であった祖母のことを、私はいつも思い出します。
この坂を登った先にある大聖院には、紅皿の墓がひっそりと佇んでいます。
慎ましく、ひと枝の花で気持ちを伝えたという、気品と知性に溢れた紅皿伝説が残るこの場所を訪れると、都会の喧騒を忘れるほど、時を超えた静けさを感じて、ふわりと気持ちの張りがほどけていくような気がします。
実際に訪れた山吹坂はインスタでご紹介しておりますので、ぜひご覧になってくださいね。
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