富貴って言葉を好きになろうよ

あらためまして、ありがとうございます :smile2: 富の桶は、受付開始から15秒程度で完売いたしました。 受付開始時刻の午後9:00と同時に、受信メールがダダダっと並んで、なんとまだ9:00の段階で受付終了でした 8-O :!: :!:

同じ9:00の間での争奪戦になってしまって…。 なにしろ先着順のため、間に合わなかった方には、とても申し訳ないです(涙)

お詫びのメールを差し上げておりますが、もし、申込みメールを送ったのに、私からの返事が何も届いていないよ、と言う方がいらっしゃいましたら、きっと迷惑メール扱いになっているのだと思います。 いずれにしても、今回間に合わなかった方、本当にごめんなさい :iyaiya: :!:

何しろ、ご用意できる数が余りに少なくて…次回、また別バージョンでの企画を考えております :smile1: Ayaのオリジナル風水アイテムは、どこにでもは売ってなくて、探してもなかなか手に入らないってものを作りたいの :smile1: そして、届いたその日から開運活動が出来るほど、包みを開けばすべてがセットになっているもの :smile1:

今回は、招財・招福風水のご提案でしたが、リリアン・トゥーは「金運が上がれば、全ての運があがります」って言ってます。 これは、世の中お金が全てっていう発想とはちょっと違って、「金運が上がれば、恋愛運も愛情運も、健康運も仕事運も、全てついてあがってくるものよ :smile1: 」っていうひとつの法則的なものです。

お金は汚いもの、お金を欲しがることは恥ずかしいこと、という考え方を持っている人がいます。 つまり「清貧」こそが人間の美しい姿であるという思想…(というかすりこみ?)

そもそも清貧(せいひん)って何だっけ、というと、大辞林によれば、「私欲をすてて行いが正しいために、貧しく生活が質素であること。」なのだそうです。 「貧しいことはすなわち清らか」であるとも、「お金は汚い、お金を欲しがるのはすなわち心が醜いのだ」、とかはどこにも書いていない。

江戸時代に、貝原益軒先生とおっしゃる儒学者がお書きになった、『養生訓(ようじょうくん)』という「健康書」にかかれている内容が、「清貧」の意味を示しているとかと聞いたことがあります。

これって、あくまでマネーの話しでも、人の欲をたしなめるような指導本でもなく、『養生訓』は、江戸時代の教養書として広く親しまれていた、その名の通り心身ともに健康に生活するためのテキストのようなものです。

『養生訓』の教えをわかりやすくひとことで言うと、「欲を抑えることが、楽しみを失わないことにつながる」と言っているのだそうで、これは、「私欲を捨てること」、「正しい行いをすること」、「贅沢をしないこと」が大切だと説いているらしい。 そして、これこそがまさに「清貧」そのものの意味に通じるらしいです。

で、この益軒先生のおっしゃる「欲」というものは4つあるんだけど、ちょっと調べてみたらおもしろい。 
1.あれこれ食べてみたいという食欲
2.色欲
3.むやみに眠りたがる欲
4.徒らに喋りたがる欲
なのだそうで、つまりこれを慎めば、人として楽しく健康に暮らせるんだよ、っていうことなのかなって私は解釈してます。 何度もしつこいようだけど、「貧しいことこそが清らか」であるとも、「お金は汚い、お金を欲しがるのはすなわち心が醜いのだ」、とかいう意味じゃないみたい。

お金は汚いものだとも、お金を欲しがることは醜くていけないことだとも、一言も言ってないの :su2:

そもそも、お金を欲しがるのがいけない事だって、誰が何の目的で言い出したことなんだろうね… :su2:

よく耳にする言葉で、「お金に好かれる」とか、「お金に嫌われる」とかって言い方がありますけど、多分みなさんもご承知の通り、お金自体には意思も感情もありませんから、誰かのことを好きになったり、嫌いになったりはしないと思うんですよ。

ましてや、お金自身には手足も生えてないですから、自分から誰かのお財布の中にもぐりこんで行ったり、逆に逃げ出したりもしない。 

ただ、お金を綺麗とか汚いとか言うのは人の心や考え方の問題であるように、お金の流れと言うものも、風水で言う「気(エネルギー)の流れ」と似たようなものがあるような気がするんです。

まず一つは、綺麗なところに集まる。 入れるスペースが余裕であけてあるところに流れ込む。 歓迎されるところに寄って行く。 流れの良い所にどんどん流れこんでくる。 と、こんな感じでしょうか。

誰だって、嫌われるのはいい気がしないのと一緒で、嫌悪感を持つと、嫌悪のエネルギーが発生しますから、お金だって感情はないとはいえ、嫌悪のエネルギーをはねのけてまでは押し寄せてきてはくれないような気がします。

つまり、お金をほしがることに罪悪感を持ったり、お金という言葉に対して嫌悪感を持ったりすれば、自分からお金に対して反発するエネルギーを発しているようなものだと思うんです。

罪の意識を持つ必要なんかないと思うのです。 貧しいことこそが清らかであるという思い込みはこの際、捨てましょう :happy: 豊かで、心が清らかであることが何よりです :smile1:

あなたの好きな言葉の中に『富貴』という言葉を追加しませんか? これ、私の大好きな言葉のひとつです :smile2:

「富貴にして善をなし易く貧賤にして功をなし難し」ということわざがあります。 これは「生活に余裕のある者は善行を行うことも容易であるが、貧乏だと物事を成し遂げることがむずかしい。」という意味。 これまで思い込んでいた「清貧」のイメージとは真逆のこと言ってますね。

確かにお金がすべてではありません。 慎ましく(つつましく)暮らす姿勢は美しい心がけだけど、倹しく(つましく)暮らすことが美徳だとは私には思えません。 倹約も大事だけれど、お金の流れを止めてしまわず、よどみなく流すほうが、結局綺麗な流れを作れると思うのですよね :smile1:

だから招財・招福も、悪いことだとか思わず、自分を幸せにするために、進んでやっていいことだと思うんですよ :smile2: :shuku:

今日の応援、よろしくお願いいたします :smile1:

Please click these Ranking buttons♪
人気ブログランキング にほんブログ村 ハンドメイドブログ 天然石・パワーストーンへ
関連記事もどうぞ♪

Comments (2)

やゆよ2月 25th, 2015 at 9:24 PM

こんばんわ♫

お金は汚いものではない。。そうですね
結局は使い方と、手に入れ方なんでしょうね

しかし、自分の体験では、金運を上げた時
とんでもなく忙しくなり、残業が激しくなり
残業代がたくさん入って確かに潤いましたが、
家族も友人も放置せざるを得ず、家は荒れ放題
毎日深夜まで休みも無く、しまいに倒れました。
風水の効きめに恐ろしさを感じると共に、
金運のために色々な運が犠牲になるな。という実感でした。
普通の勤め人だとだいたいこんな流れではないでしょうか?
金運ではなく「富の運」を上げる、というふうに考えるのがコツかなぁと、今日のブログを見て考えたのですが。。どうでしょうか :nageyari:

Aya2月 26th, 2015 at 3:51 AM

やゆよさま

お金と他のことのバランスが上手くとれなくなっちゃったってカンジなのでしょうか… :sad:
せっかくお金が入って来ても、体調を崩したり、
おうちのエネルギーが落ちてしまっては残念ですよね :ase:

かくいう私も、「忙しいよ」「寝る間がないよ :ase: 」と言いつつ
何だかんだ言って幸せだな~とか言って、
無理やり帳尻を合わせてるのかな?? :iyaiya: ??

いつも私はすべてにおいて、「豊かさ」を得られたらしいなあと思っています。
心の豊かさ、ご縁の豊かさ、懐ももちろん…(笑)

富の運って素敵な言葉ですね :smile2:

Leave a comment

Your comment