沢山のお誕生日のお祝いメッセージをありがとうございます :smile2: :heart2: とても嬉しいです :smile2: みなさん本当にありがとうございます :smile2: :heart:
実は、私のお誕生日の当日は、家族全員から忘れられていたのでした… :nageyari: うう~ん、頑張ってるつもりなんだけどなあ… :ase: 愛されてないなぁ :su2: :ooo:
「お誕生日は、おめでとうじゃなくて、生んでもらってありがとうって言う日よ」って、冗談なのか本気なのか、母は昔からよくそう言ってました。 確かにね、言われてみれば、私ごときが年を一つ重ねることに、何のめでたさがあるものかってことです :su2: そりゃそうだなって気がしないでもないです :nageyari:
それよりも、「その節は、えらく大変な思いをして生んでくだすって、本当にありがとうございます。」と、毎年改めて感謝の気持ちを意識するべき日なんだよ、と言われれば、そうなのかもしれません。
でも、子供の頃の私は、「 :uuuum: 生んでくれなんて一言も言ってないのに…。」って思ってしまう、ひねくれた子でした。 何かの折に誰かから、「産んでもらった」とか「産んであげた」とかというような言葉を聞くたびに、「だけど私はそんなこと、一度も頼んだ覚えはないもん :su2: 」と思ってしまう子だったのでした。
自分がこの世に存在できていることに心から感謝が出来てないと、なかなか「産んでくれてありがとう」という素直な気持ちには到達できないのかもしれません。
少なくとも、私の場合はいまだに、「自分がこの世に存在していることが素晴らしい」だなんて、一度も思えたことがないのです。 だって、そんなたいそう立派な人間じゃないんだもん。
でも、大人になってくると、様々な経験値があがり、人の心の温かさや有難さが身に染みたり、いろんなことに対して、だんだんと「お陰さま」という言葉の意味の深さが理解できるようになり、ようやく「有難い」と素直に感謝ができるようになってきました。
そうか、私がここにこうしていられることは、両親をはじめ、本当にたくさんの皆さん方のお陰なんだなあ・・・と、しみじみ感謝の気持ちが湧いてくるのでした。 本当に有難いことです。
まさに、「生かして頂いてありがとうございます。」という気持ちです。 私ごときだから、余計に謙虚な気持ちで感謝しなくちゃいけないんだ、と思うわけです。 お誕生日、ありがとうございます :happy: :kirakira:
一年に一度、自分にとっては特別な、大切な日です。
私はなんの取り柄もなくて、偉業を成し遂げることはもちろん、何かに成功をするということだってあまりないわけだから、おめでとうって言ってもらえる機会ってそうそうあることではないのです。 だから年に一度、自分にとって、おめでとうの日があるって本当にステキなことだなあって思います。 そのことに対しても、ありがとうですね :smile1:
さて、この日は、大好きなイタリアワインを自分にプレゼントしました。 私は軽めでフルーティなワインより、どっしりとした厚みのある深い味わいのワインが好みなので、暖かい土地のイタリアワインはとても好きです。
この赤ワインは、シチリアの老舗ワイナリー「カルーソ」のもの。 樽のスパイシーな香りを感じさせる、とてもエレガントな味わいのワインです。
自分のために、わざわざお買い物に出かけて、いそいそとご馳走を作る気もしなかったので、ワインのために、とりあえず家にあったものでピンチョスを作りました :smile1:
お酒というものは不思議なもので、こんなささやかなものでも、お酒のために用意をした料理があると、余計に美味しさが増すわけです。
ところで、私を出産する時に、母は本当に大変な思いをして私を生んだのだそうです。 自宅にいる間に破水してしまい、その後もいくら時間をかけても、なかなか生まれ出てこようとしないので、このままでは赤ちゃんどころか母体の命まで危険だと心配されたのだそうです。
吸引器で引っ張り出された私は、生まれてからしばらくは頭に大きな血腫があったらしいけれど、健康だけが取り柄と言えるほどには健康体を誇れる体質ではないものの、生まれてこのかた、お陰さまでこの年まで大病もせず、大きなけがもなく、このとおり健やかに生活させていただいております。
ところで、八字(四柱推命)鑑定をやっていて思うのです。 私はその時に、自分ではまだ生まれるタイミングではないと、母のおなかの中にとどまろうと必死になっていたのでは?って思うことがあります。
もちろん、そんなにマゴマゴしていたら、生まれる前に命を落としてしまったかもしれないし、母体の命にもかかわっていたかもしれないわけで、当時の担当医の先生のご判断と処置が適切であったことは間違いがないのだけど…。
ただ、こんな話をしたら、「産んでみたらわかります。 何も知らないくせに ❗ 」というお怒りのご意見や、「あなたは子供を産んだこともないくせに、意見を言うのはやめなさい ❗ 」という、命令形でのお叱りの言葉がまた届きそうで怖いのですが…。
一体何が言いたいのかと言うと、私はあと数十分、生まれた時間が遅ければ、八字(四柱推命)の命式は今の私とはかなり違う命式になっているはずなのです。 もちろん八字で現されるものがすべてではないわけで、あくまでも八字(四柱推命)という占いでみればって話しなんだけど、もしかしたら、性格も、個性も、あゆむ人生も、今とはかなり違っていたはずだし、子供にも恵まれることになっていたはず。
そうなっていたら…というお話は、今さら考えても仕方がないけれど、もしかして…その時の私の予定としては、お腹の中に頑張ってとどまり、あと数十分後に何とかこの世に出てくる…あるいは…それが無理ならば、この人生自体をあきらめるという、イチバチの状態であったのではなかろうか? な~んて思ったりしないでもない。
実はこの私、昔から嫌なことをきちんとイヤと言えない性格です。 いつもそのせいで大きな損をしたり、嫌な目にあったりしてきている。 嫌なら嫌だときちんと理由を話して断るべきだというのはわかっているのです。 だけど、それができなくて、何だかんだと断らない理由を自分に言い訳して、そして結局いつも後悔することになる。
これは、私の人生の大きな課題だと思っています。 最近、これが生まれてきたときに持って出てきた課題なのでは?という気がしてならないのです。
無駄に年だけ重ねちゃダメだ、もっともっと、しっかりと人生の課題に取り組み、自分の存在が人から感謝されるほどの立派な人になるべく精進せねば。 頑張れ、もっともっとしっかりやれ、私 :su2: ❗




