子供の頃の私は、人に反論をしない子でした。 反論が苦手だったのです。 内気で言い返せなかったわけではなく、お友達から何か言われた時に、「何か言い返さなきゃ」とも思わなかったし、何よりも、とっさに言い返す言葉が思いつきませんでした。
ただ、言われっぱなしではとてもへこむこともありました。 言われた内容によってはすごく悲しくなったり、自信喪失してしまうこともありました。 それで、家に帰って、メソメソしながら、母に「〇〇ちゃんに、こんなふうに言われたよ~ぅ 🙁 」と泣きつくと、母からひどくしかれることがありました。
「だったらその時どうして、こんなふうに言い返さなかったのよ :iyaiya: :ikari: ❗ 」と。
そう言われれば、「ああ、なるほど…そう言えばよかったのか :su1: :ooo: 」と思うんですが、私ったら、とっさの機転がきかない上に、とにかく言われたまま「そっかぁ… :ooo: 」と納得してしまう子だったので、散々母に叱られて、「だって、その時はそんなこと、思いつかなかったんだもの…。」と、余計しょんぼりするしかありませんでした。 もしかしたら、これは長女の特徴? よくわかりませんが(笑)
私の母は、私と違って、いわゆる「目から鼻に抜ける」ような人です。 幼かった頃の母のことを、亡くなった祖父はいつも、「この子が男の子だったらなぁ :smile1: 」と言っていたのだそうです :smile1: 1を聞いて10を理解するような性格。 そんな母なので、何か言われて言われっぱなしでいるようなことはまずありませんから、必ず、その場に応じた意見をきちんと返すことのできる人なんです。
不条理なことでも、お友達に言われっぱなしになって帰ってきては、いつもめそめそしている娘をみると、だから母は余計にイライラとしたのだと思います(笑)
「どうしてきちんと自分の意見を言わないの。 ちゃんと主張するべきことは、きちんと言いなさい ❗ 」 その頃、母が私に言いたかったことは、おそらくそういうことだったんだと思うんだけど、子供の頃の私は、そのたびに「言い返す言葉が思いつかない、とろくさい子だ… :uuuum: 」と、自分を責めて、とても落ち込んだりしていたものでした(笑)
「言い返す」というと、反論するという意味にかなり近いとこがあるけれども、例えば相手が自分に対して何か誤解していたり、実際はそうではないのだという場合は、当然、それに対して正しい事実を伝えるなり、弁解するなりをきちんと伝えることが必要になってくるシーンもあります。
言われっぱなしで黙っているのは、事実ではないことも、誤解されていることも、黙って認めてしまうのと同じなわけで、場合によっては黙っていることが、のちのち余計に大きな誤解につながることもにもなりかねないわけだから、やはり、、きちんとその場で事実や自分の思いは知らせておくことは大切なんだ…と、大人になれば実体験もふまえて、つくづくそう感じるものです。
いずれにしても、昔の私って「ハイハイ、アンタの思うように好き勝手に言ってなさい :su2: 」と、投げやりで冷めた子だったというわけではなく、とっさの機転がきかないために、ただ言われっぱなし、責められっぱなしになっていることの多い子だったわけです。
これじゃイカン 🙄 ❗ と思ったのは、ジュエリーのお仕事を始めるようになってからです。
小粒の、いわゆる「メレー」と言われるダイヤモンドは、通常、0.2キャラットに満たない重さの、小粒ダイヤの通称です。 ですが、当時マダム達の間ではそれを、「くずダイヤ」と呼ぶのがわりと一般的でした。
例えば、小粒のダイヤをぎっしりと留めつけて、華やかに豪華にみせるような「パヴェセッティング」のデザインを、「でも、これはくずダイヤだもんね :smile1: 」という言い方をなさるマダムは、当時、少なくありませんでした。
グレードの良い、輝きの美しいダイヤでも、小粒であれば「くず」呼ばわりされてしまうのです。 私はなんだかそれが可愛そうで、悲しくてたまりませんでした。
単純に0.2キャラットといえば、充分にエンゲージメントリング(婚約指輪)にもセッティングされるダイヤです。 最近は、そのサイズのダイヤをカジュアルなデザインリングにセッティングしたエンゲージが人気でもあります。
それ以前に、どれほど小粒の石であろうと、ダイヤに「くず」なんて存在しないのに…そう思いました。
だから、そんな方たちに、「反論」するのではなく、けして「教えてあげる」というようなエラそうな言い方でもなく、相手に、「メレーダイヤでも素敵な子達なのね :smile3: 」って思ってもらえるような、お話しができたらいいなぁ :smile1: そう思いました :smile2:
それには、もっともっと勉強しなくちゃ :smile3: ❗ 宝石の事も、ジュエリーの事も、どんなことでも幅広い知識があれば、素敵な言い回しを使って、言葉を話せない宝石やジュエリーの代わりに、その魅力を私がたくさんお話しできるようになればいいんだ :smile3: ❗ そう思いました。
誤解があれば、上手く理解してもらえるように、否定的な言い方をされたら、反論ではなく、上手い切り替えしができるように…そんなプロフェッショナルになりたいな :smile2: :kirakira: そう思ったのが、私が宝石のお勉強を専門的に始めるきっかけになり、そして頑張れる原動力になった理由でした :smile1:
最近、私の知るあるスピリチュアリストさんが、偶然こんなお話しをなさっておられました。 「相手に言い返せば、自分がつらくなるだけです。 何故なら、言い返せば相手からはさらに言い返されてしまう。 以前の自分は、絶対に言い返そうとするとこがあったんだけど、それをやめてみたらとても楽になりました。」と。
なるほど、確かにファイティングポーズをとっている相手に、同じくファイティングポーズで向かってゆけば、かならず戦いになってしまいます。 そこには自分の正義を守ることと、「勝ち負け」しか存在しないからです。 :smile2:
だけど、「勝ち」とか「負け」はどうでもよくて、ちがった風に誤解をされたり、事実ではない解釈をされたりした時には、きちんと自分なりの意見を伝えること、それはそれで大切なことではないかしら、って気もするのです。
先日の、私のブログの記事に対して、『病院の食事はプロが作ってるくせにまずいし、この程度なんだって~ 🙄 それに比べて、私は、こんなにお料理も上手だし、すごいでしょ~ 😆 ?調理師さんという資格のある方にもほめられたのよ~ :nikoniko: 』というようなことを感じたと言われてしまいました。
反論する気なんか全くありませんが、私はまさか、そんなつもりなんて少しもありませんでした…。
でもどんな風に受け止めるかというのは、その人の価値感や考え方、そして、今いらっしゃる環境などが大きく影響しますから、その方にとってはそう思ったというのが、事実でしかなく、それが間違ったことだと否定される理由は全くないのです。
ただ、そう言われて私は本当に、とても悲しくなりました。 ほ~ら、私ったらこんなにスゴイのよ~ :smile3: ❗ なんて、自慢する気なんか全くなかったし、そんなつもりでのお話しではありませんでした。
先日、事故に遭ってしまい、今のところは自分では、立つことも歩くこともできない状態になったことで、入院しなくちゃいけなくなってしまった知人の女性が、「入院中のお食事がそっけなくて辛い」とこぼしていたことに、つい同情してしまっただけのことでした。
彼女は、幼いころに突然ご兄弟を失くし、そしてある日大好きなお母様が突然、天国に召されてしまいました。 その後、仲良しだったお父さまも彼女を置いて、今はお母さまのところにいらっしゃいます。 たくさんのお友達に囲まれて、いつも笑顔な彼女ですが、最愛のご家族はそばにはいません。
彼女には夢がありました。 どうしてもやりたいお仕事があったのです。 ずいぶん長い間、彼女は自分の夢のためにものすごい努力をなさってきました。 できない、上手くやれない…そう言って、涙を流しながら、何度もくじけそうになりながら、それでもあきらめず、歯を食いしばって頑張ってきました。
そんな時、そばで励ましてくれるご家族がいれば、どれほど心強かったかしれません。 でも、一人で彼女は立派に頑張りぬき、みごとその夢を実現させた…その、ほんの数日後の事故でした。
どれほど不安なことか、どれほど心細いか…いつ元通りの元気な体になれるのかわからない入院生活は、どれほど彼女を悲しく、辛い気持ちにさせているか…毎日、笑顔で病室をのぞいてくれるご家族がいれば、せめて少しは救われるだろうに…そんな彼女が気の毒でたまらなかった私は、彼女が写真で知らせてくる「残念なお食事」を見て、作り手側のお立場も考えずに、単純に「かわいそう… :ase: 」と、同情をしてしまったのでした。
それが配慮が足りないと言われてしまえば、本当にその通りなのです。 まさか、全ての病院の、すべてのお食事を作るお仕事をなさっている方々とお食事を非難するつもりなんて全くありませんでした。 でも、大勢の方達にそんなふうに思われちゃったのかなぁ… :uuuum: :ase: ごめんなさい。
ここの病院で、不安な気持ちで過ごしている彼女や他の患者さんたちが、少しでも楽しくなれるような、ちょっとした工夫とかがあれば素敵なのに…そういうのが愛情ってことだよね :smile1: と、とても軽率ながら、そう思ったことをそのままお話ししちゃいました。
いつも申し上げている様に、わたしのこのブログは、誰か特定の人を非難したり、批判したりすることを目的とはしていません。 ただ、言い訳するつもりはないのだけど、5年の間、日々、自分の思ったことや感じたことなど、いろんな気持ちを書き綴っていたら、どうしても何かに疑問をもったり、何かに憤りを感じたり、時には批判的な言い方になってしまうこともあったかと思います。
結局、それが私の個人的な意見を一方的に告げているように思われたり、評価するような偉そうな態度にとられてしまうこともあるかと思います。
ブログに対して何かご意見を頂く際に、よく、「あなたのブログを友達にも見せたけれど、友達も私と同じ意見だったわよ :su2: ❗ 」という言い方をされることがあります。 「2対1なんだから、アンタの負けよ :su2: 」っていう意味で言われているわけではないと思うんだけど、「意見の多い方が正しいんだから、間違ってるのはあなたよ ❗ 」という意味なのかしら…って気がしないでもありません。
少なくとも、そう言われたら、何だか自分には味方がいなくて一人ぼっちなんだ…という気持ちにさせられるような効果はあるような気がします…。
私は始めから、まさか誰かと戦う気なんかこれっぽっちもないので、私にとっては「勝ち」も「負け」も存在しません。 なにしろ、私の意見や考えなんて、本当に狭い世間の中で、偏った、とてもちっぽけな知識と経験の中で語っていることだけなんです。
そこに、誰か特定の人を傷つけるようなことは、けしてあってはならないことだけど、私の思ったこと、感じたこと、伝えたいことをお話しする以外に、私は誰に向けて何を語ったらよいのでしょうか…。
パワーストーンのことをお話ししたところで、専門家の方で、私とは違う意見をお持ちの方や、私とは違う解釈をなさっている方は大勢いらっしゃるのです。 風水にしても、本当にたくさんの流派があります。 流派によっては「え、うそ、逆?? 🙄 」と思えるようなやり方すら存在するのが事実です。
何度も言うように、このブログは、誰か特定の人を非難したり、批判したりすることを目的とはしていません。 配慮がたりず、誰かに嫌な思いをさせてしまったり、傷つけてしまったりすることがあれば、本当にそれは心からお詫びを申し上げたいと思います。
中には誰が正しくて、誰が間違っているという問題ではないようなことも、たくさんあると思います。
そして、もちろん、私の意見なんて、始めから絶対ではないのです。 でも、私の思ったこと、感じたこと、伝えたいことをお話しする以外に、私は一体、どなたに向けて、どんなことを語ったらよいのでしょうか…。
何だかとても悩んでしまいました。 彩のラブスピは、何気ない日常の中から、毎日たくさんの「楽しい :smile3: 」や「嬉しい :nikoniko: 」や「ステキ :kirakira: 」をみつけたい… :smile2: そんな思いがいっぱいに詰まったブログにしたいなっていう気持ち、それはいつも変わりません :smile3:
これからも、毎日たくさんの「楽しい :smile3: 」や「嬉しい :nikoniko: 」や「ステキ :kirakira: 」を、みなさんと一緒に見つけて行けますように…今後もっともっと魅力的な楽しいブログにしてゆけるように、努力してまいります :smile2: ❗ 大好きなみなさん、こんな未熟者の私ですが、どうぞ今後ともよろしくお願い致します :iyaiya: :heart: :heart2:




