人間関係

ペットとのお別れのお話し

おかーさん。なんでボクだけ、ハダカんぼうやったん?
おかーさん。なんでボクだけ、シッポついてたん?
おかーさん。なんでボクだけ、おててつかんとあるけへんかったん?
おかーさん。なんでボクだけ、つくえでゴハンだべられへんかったん?

おかーさん。なんでボクだけ、みんなとオシャベリでけへんかったん?
おかーさん・・・。なんでボクだけ、さきにしんでしまうん・・・?

~ おかあさんからの返答 ~ 
よう聞き。
おしゃべり出来んかったって、何言うてんの
あんたいつもしゃべってたやないの
ほれエサちょーだい水ちょーだい、ササミちょーだいだの、みんなに言うとったやないの

みんなおまえの言う事、ぜーんぶ解っとったやろ?
おかーさんもおとーさんも、にいちゃんねえちゃんかて、ちゃんと返事してたやろ

おかーさんに「行ってらっしゃい」はよう出来んかったなぁ
おかーさんが「行ってきます」しても
いつも行かんといて行かんといてって言うとったなぁ

そういえば、おまえはまだ自分で「行ってきます」言った事、無いんやな…
はじめての「行ってきます」やな…

おかーさんも「行ってらっしゃい」言いたないなぁ
おんなじやんな、行ってらっしゃいって、こんなに辛いんやな
何度も行ってらっしゃいさせてしもて、ごめんなぁ…

ほら、身体、つらいんやろ?
もう、目ぇ閉じや。

おかーさんも、そのうち行くから待っててな。
向こうで会えたら、もう行ってきますも行ってらっしゃいもなくなるよし。

「行ってらっしゃい。」

いつも、チワワのうきわちゃんのための犬用ケーキをお願いしている、ドッグカフェのオーナーさんに教えてもらった詩です。 読んだとたん、思わず涙がぽろぽろ…。

うきわちゃんは6月生まれで、今月10歳になりました。 わずか1.5kgの体で、昨年暮れには大きな手術を頑張ってくれて、お陰さまで今はもう、元通りすっかり元気になりました :smile1:

バナナが大好きなので、今年のお誕生日用のバースデーケーキは、このドッグカフェのオーナーさんにお願いして、特別にバナナののった犬用ケーキを作ってもらいました。

犬用といっても、もちろん人間も一緒に食べられるし、ヤギミルクのヨーグルトなど、アレルギーフリーのヘルシーな食材しか使われていなくて、甘さ控えめなのに素材のお味はしっかりしていて、とても美味しいのです :smile1:

うきわは、彼女が手作りしてくれるケーキが本当に大好きなんです :smile1: 「あらまあ、イヌにケーキ?? 🙄 」って思われちゃうかもしれないけれど、この子は大切な家族 :smile2: いつも家族をたくさん笑顔にしてくれるんです :smile1: だからお誕生日には、しっぽをプロペラのように振って喜ぶ、うきわの大好きなものをプレゼント :smile2:

ところで、犬やネコなどの、動物はどうも苦手だとおっしゃる方も世の中にはいらっしゃいます。 それに、動物好きの方がみな、優しく正直で善人ばかりってこともないと思うのだけど(笑) いずれにしても、好き、嫌いにかかわらず、どれほど小さな命でも、本当にとても尊いものです :happy: :kirakira:  

ペットを飼ったことのある方ならよくご承知のとおり、彼らは小さな瞳でしっかりと、いろんなものを見ているし、小さなハートでいろんなことを感じ、小さな頭で本当にいろんなことを考えています。

ペットを飼ったことがない人でも、この詩を読んだら、もしかしたら、大切に家族の一員として暮らしてきたペットなら、きっと最期の時には、飼い主とこんな風に、心と心でお話しするかも…って気がするのではないでしょうか…。

我が家で以前飼っていた、ヨークシャーテリアのルイスの最期も、この詩と同じように、母の腕の中から旅立ちました。 老犬だった彼は、小型犬ながら気位が高く、何だか風格のある老人のようでした。 体調を崩し、動けなくなって、動物病院に入院したのですが、病院のケージの中に一人ぼっちで横たわり、細くて小さな体に点滴が刺さっている姿があまりに可愛そうで、もう長くはないのだから、せめて最期は我が家で…と、連れて帰ってきたのでした。 

入院中は、獣医さんたちにはほとんど反応を示さず、ぐったりと横たわっていただけだったのに、自宅に連れて帰ったら、家族が声をかければちゃんと反応したり、頭をあげて、何か口にしようとしたりして頑張りました。 それはちょうどクリスマスの頃でした。

その晩、私は仕事の後に、クリスマスパーティーのお約束がありました。 仕事を終えて先に自宅に戻っていたBeBeから、何度も何度も私の携帯に電話が入りました。 私も、とてもパーティーどころではなく、早く抜け出したくて気が気ではなくて…ようやくなんとか切り上げ、大急ぎで自宅に戻ったら、彼はちゃんと待っていてくれました。

母に抱かれている彼の頭を撫でて、「よしよし、いい子、頑張ってね :smile1: 」と声をかけ、荷物を置きに一度自分の部屋に行ったその時、彼は静かに息を引き取ったのでした。

身体は小さいけれど、不思議と人間の大人みたいな貫録のある、堂々とした犬でした。 彼にとって、家族の中で、私とBeBeのことは「子供」だと思っていたのでしょう。 旅立つ姿は、「お父さん」と「お母さん」にしか見せたくなかったようでした。 けして子供達には見せまいと。

実は母は昔から「動物は苦手 :su2: ❗ 」と言っていた人でした。 だから、私達姉妹が幼かった頃は、二人でどれだけ頼んでも、ペットを飼うことを許してはくれませんでした。 自分たちできちんと世話ができないからと言って。 

それなのに、そんな母の腕に抱かれて、彼は安心して旅立って行きました。 あの時は本当に、母がとても頼りがいがある、大きな存在に見えました。 母親ってすごいんだな~って。 小さなヨークシャーテリアにとっても、母は「お母さん」という存在で、きっとこれまでも自分のことを委ねていたのですね。

究極の表現かもしれないけれど、私達は生まれた瞬間から、そして誰かと出会った瞬間から、「別れ」に向かって走っています。 関われる時間の長さには関係なく、命と命は、いつかはお別れの時が来る運命なのです。

だから、誰もがせっかく生まれてきたのだから、こうして生きていられる間に出会えるすべてのご縁を大切にしなくちゃいけないんだなぁって、つくづく思います。

どんな人とでも、どんな命とでも、どんな形にしろ関われるということには、きっと何かしらの意味があるのだと思います。 嫌な出会いも、嫌いな人でも、憎らしい相手でも、きっとお互いにとって何らかの意味があるのでしょう。 

そう思ったら、「嫌いだなぁ」とか、「腹が立つなぁ」と思う相手に対しても、何だか「これも、有難い出会いなんだな」なんて気がしてきちゃったりします(笑)

このラブスピリチュアルを通して、関われているすべてのみなさんにも本当に感謝です :smile2: :kirakira:

いつもありがとうございます、今日の応援もよろしくお願いいたします :smile2: :heart2: