新宿余丁町、久左衛門坂を登りきったすぐ先の、分かれ道の真ん中に、通称「抜弁天(ぬけべんてん)」と呼ばれ、古くから親しまれている”厳島神社”があります。
創建は平安時代中期と伝えられており、境内には南北それぞれに鳥居があって、「抜弁天」という名前のとおり、北から南へと通り抜けることができる珍しい地形になっています。
以前も一度、このブログでお話ししたことがあるのですが、源義家が弁財天のご加護によって奥州平定を成し遂げ、その帰途、戦勝のお礼として、この地に厳島神社を勧請したと伝えられています。
戦の苦難を切り抜けた故事にちなんで「あらゆる困難から抜け出せる」というご利益があるといわれる、「江戸五大弁天」の一つに数えられる、とても由緒ある神社です。
弁財天は、琵琶を手にしたお姿で知られる女の神様ですが、流れる水のようによどみなく言葉を紡ぐことから、知恵や学問、弁舌の神様としても信仰され、音楽や芸能、学業成就はもちろん、財運や商売繁盛のご利益でも広く知られています。
さらに、神道の「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」と同一神とされ、海や水を司る神様として、航海安全や交通安全、五穀豊穣の守り神としても崇敬されています。
江戸時代の古地図と見比べてみると、現在と変わらない場所に「抜弁天」と記された鳥居を確認することができます。
何百年もの時を超え、ここで人々を見守りながら、数え切れないほどの願いを受け止め続けてきた場所なのだと思うと、歴史の重みを感じずにはいられません。
境内に入ると、水音が心地よく響き、ゆったりと泳ぐ鯉の姿に心が癒されます。
広い通りに面した大きな分かれ道の真ん中にあるにもかかわらず、鳥居を潜ると不思議と静かに心が落ち着き、ここだけ時間がゆっくり流れているような感覚になります。
新宿余丁町には江戸時代、旗本の組屋敷があり、このすぐ近くには「犬公方(いぬくぼう)」として知られる徳川綱吉の「生類憐れみの令」によって設けられた「大久保犬御用屋敷」がありました。
総面積は約2万3千坪にも及び、その広大な敷地には、およそ10万匹もの犬が保護・収容されていたと伝えられています。
もしかすると当時は、抜弁天のあたりまで、犬の吠える声が聞こえていたかもしれませんね。
その後、明治時代から大正時代にかけては、このあたりを多くの文豪たちが創作の拠点としていました。
坪内逍遥や夏目漱石もその一人です。
逍遥の自宅から徒歩20分ほどの場所には、漱石が晩年を過ごした「漱石山房」があって、早稲田大学にも近いので、大学の同僚でもあった二人は、お互いの家を行き来することもあったそうです。
今では高層マンションや住宅が立ち並ぶこの一帯ですが、少し足を止めて歴史を振り返ってみると、現代の街並みの下には、平安時代から続く信仰と、江戸という大都市ならではの興味深い歴史が静かに息づいていることに気づかされます。
気分転換に、スマホひとつだけを持って、遠い昔に思いを馳せながら、少しこのあたりを歩いてみるのはとても楽しい時間です。
インスタでは、抜弁天の清々しい境内の動画をご紹介しています。 水の神様のご利益がいただけそうな、清らかなお池の画像をぜひご覧になってくださいね。
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