季節のおはなし

お城の風水

インスタを見てくださっている方は、数枚の写真と共に、すでにお目通しくださったかもしれません。

先日、千葉県いすみ市にある万木城を訪れました。

以前、この近くのお寺にお邪魔した時から気になって仕方がなかった万木城は、戦国時代の古城です。

のどかな景色の中、この山嶺に築かれた山城は、麓の川を天然の外堀として利用した堅固な構造で、この地は房総半島の南北を結ぶ交通の要衝であり、軍事拠点として極めて重要な役割を果たしていだのだそうです。

お城好きの隠れ歴女のアタクシは、たまらなくウキウキわくわくでございます。

万木城にまつわる有名なエピソードとして、後に将軍家剣術指南役となる小野忠明の存在があります。

忠明は、幼名を典膳といいますが、もともと里見氏の家臣で、一時期、万木城主である土岐為頼・頼春父子に仕えていたと伝えられています。

天正17年(1589年)に里見軍が万木城を攻めた際には、典膳が騎馬隊を率いて大多喜城主の正木時堯と戦ったという逸話が残っています。

この戦いでの武功が、後に剣豪として名を馳せるきっかけとなりました。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐が始まると、北条方に付いていた万木城も攻撃の対象となりました。

この城の攻略にあたったのは、あの徳川四天王の一人である本多忠勝です。

時の城主、土岐頼春は数ヶ月にわたって籠城し、激しい抵抗を続けたのだそうですが、本城である小田原城の落城を知り、ついに降伏、開城したという歴史があります。

落城の際に大切な家宝を井戸に隠したという伝説も残されているそうで、なんだか壮大なロマンを感じてしまう・・・。

ところで、万木城には、「お月見城」という、とても風流な別名があります。

これは、城主の土岐氏が文武両道を重んじ、十五夜の晩には家臣や領民を城に招いて、月を愛でる宴を催していたという伝承に由来するものなのだとか。

今でも地元には、土岐氏への思慕を感じさせる伝承が、数多く息づいているようです。 素敵ですね。 

良いお殿様でいらしたということを物語っています。

立派な石垣ではない、この時代らしい切り岸の山城は、展望台になっているこの模擬天守閣がなければ、一見、城跡には見えないかもしれません。

だけど、遠い昔し、ここでこの城を守った武士たちや、この土地を愛した人たちが暮らしていたのだと、そんな重なり合う想いを感じながら城跡に佇む時間は、私にとって、お城めぐりの醍醐味。 

たまらない至福のときなんですよね。

ところで、戦国大名たちが城を築く際、そこには単なる「守りやすさ」だけでなく、その一族が末長く繁栄するための地相学的な判断が強く働いていました。

万木城の展望台から望める美しい景色。 麓に流れる河は、大きく蛇行して、山城を包み込むように流れています。

当時は堀の役割も兼ねて、城を守っていたこの河ですが、風水の視点から見ると、水がカーブの内側を流れる場所は「気が溜まる」吉地とされるのです。

当時の土岐氏も、この地形がもたらす「守護の力」を本能的に、あるいは知識として感じ取っていたのかもしれませんね。

城跡を訪れて清々しい気持ちになるのには、良い風水立地が選ばれていることで、今の時代においても、そこに良い気が流れている、ということがあるのかと思います。

お城の高台からの眺望は、気持ちをリフレッシュさせてくれて、新しい思考を動かしてくれるような気がします。

かつて、この城を築いた人たちの「ここを守る」という強い意志は、時代を超え、現代の私たちを鼓舞してくれるような、厳かで、気高い気配が立ち込めています。

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