言葉足らずな人

何だか数日バタバタしていて、続きが書けなくて~!! 

昨日は、私がメンバーに加えて頂いている博多美人会の定例会でした。 とあるイケメンオーナーのイタリアンレストランで、ついつい遅い時間まで食べて飲んでしちゃったもので、今朝はむくみでお顔がパンパン(涙) 大反省…。 

ああ、でも、昨日は特別に素敵な講演が聞けたから、しっかり増えちゃった体重と同じくらい、ココロの中も満たされているの。 そのお話しはまた今度改めてゆっくり語りますね♫

というわけで…早速「ちょっとだけ言葉が足りない人が、世間でどれほど損をしているか」と思うというお話しの続きを…。 

世の中の法律も、決まり事も、約束事も、全ては結局、人の感情のためにあるものなんだよな~って思います。 誰もが公平で、幸せであれるように。 嫌な思いをしたりや不条理さを感じないように。

「世の中ってまんざらすてたもんじゃないな。」と、ふと感じる時…。 私の場合は、街中を車で走っている時に、どの方向からか、救急車や消防車などの緊急自動車のサイレンの音が近づいてきたとき。 

素早くミラーでどこからきているかを確認し、自分の後方からだとわかったら、すみやかにウインカーを上げて速度を落とし、車を左側に寄せ停車するわけです。

同じように、次々に他の車も左側に寄って緊急車両のための道がどんどんあけられていくときに、私はいつも「世の中って、まんざらでもないな。 人の優しさっていいよな~。」なんて思ったりするのです。

もちろん、緊急車両に道を譲るのは、交通ルールではあるのだけども。

先日も、そんなふうに自分の後方から走ってくる救急車のために道をあけ、ルームミラーをのぞきながら、私の車を追い越すのを待っている時に…。 なんと、その救急車を停車させたという強者の姿を見てしまった!!

それは腰の曲がったおばあちゃんで、ご高齢者用のいわゆる「手押し車」を押しながら、なんと片側2車線ずつの割と広めの通りを、悠々と横断中でいらした。 しかも、そこは横断歩道ではない場所。

確かに日本の交通ルールは歩行者優先なのだ。 それにしても、おばあちゃんやるねー! スゴイ!

私はつい、思わずくすっと笑ってしまったのだけど、でも、救急車の到着を待ちわびている方達にしたら、とても笑い事ではないな、と思い直したのでした。 一分一秒でも早く来てほしいはずだもん。

ところで、その強者のおばあちゃんなのですが、そのままゆったりと手押し車を押しながらスーパーに入っていかれたのですが、私もちょうどそのスーパーに入りたかったので、悠々と駐車場の道の真ん中をお通りになるおばあちゃん待ちで、駐車場の入口でしばらく待機(笑)

さて、お肉やお野菜など、あれこれと必要なものをカゴに入れてレジに並んだら、ちょうどさきほどのおばあちゃんが私の前でお支払いをされているところでした。 お買い物はお惣菜のパックがひとつとお饅頭が一個。 きっとお一人暮らしなのでしょう。

私が店内を駆け回って、いろんなものをカゴに投げ込んでいる間に、おばあちゃんはゆっくりとこの2つだけのお買い物をなさっていたのですね。 

そんなことを考えながら、おばあちゃんのお会計が済むのを待っていると。 レジ係の女性が、おばあちゃんにこう尋ねました。 

「お箸はご入り用ですか?」
すると、おばあちゃんは彼女の方に顔を傾け、大きな声で
「ああ??」と聞き返しました。

「おはしは、ごいりようですか?」と、さっきより大きな声でした。
でも、おばあちゃんはさらにさっきよりも大きな声で、「あああ???」と聞き返すわけです。

とうとう私はおばあちゃんに、「お、は、し、要りますかって。」と大きな声で伝えました。
おばあちゃんは可愛らしい笑顔でにっこりとして、「ああ、要らんよ。」とおっしゃいました。

きっと、「おはし」と「ごいりよう」の言葉が、少しお耳の遠いおばあちゃんには聞き取れなかったのです。 レジ機の横に束で挿してあるお箸をひとつ見せて、「いりますか?」って言ってあげたら、きっとすぐに分かったと思うのに。

その時に私は、「言葉って思いやりそのものだな~。」っていう気がしたのでした。 きっとレジ係りの女性は、スーパーのマニュアルに載っているとおりの文言をきちんと伝えただけなのです。 お客様に対し、丁寧な言葉遣いで丁寧に接客することを守っていらっしゃるのです。何も間違っていないのです。 

ただ、思いやりや優しさって、時に様々なタイプの臨機応変さを必要とするような気がします。 世の中には、あのおばあちゃんのように、お歳をめされて少しお耳が遠くなった方、かしこまった敬語を使われるより、ざっくばらんな方言の方がスムースに理解しやすい方もたくさんいるし、いわゆるタメぐちでないと、人と会話がしづらいと言う方もいたりする。

相手に合わせた声の大きさや、話し方、言葉の選び方ができるって、まさに思いやりそのもののような気がするんです。

一言に「言葉が足りない」と言っても、いろんなパターンとタイプがあると思うんです。 

例えば言葉数がとても少ない方。 こういう方ってたいてい口数少なくて、言葉も簡潔ですから、会話に無駄がないので、意外と誤解も少ないかもしれないけど、ぶっきらぼうで、つっけんどんな印象を与えてしまうことも多いかも。 

怖いとか、無愛想な人だと思われてしまいがちで、相手から、一方的に苦手意識を持たれていることも多いかもしれません。

他に、「言葉が足りない」のタイプの中には、やたらと主語が抜けていたり、「あれ」とか「それ」とかの代名詞が多かったりする人っている。 

「私ってほら、前にあんなことがあったじゃない? だからそれからちょっとあれなのよね。」みたいな(笑) どんなことがあってどれなのか、聞いてる方にはさっぱり見当がつかなかったりする(笑)  でも、そんな人に限って、「何があってどうなの?」って聞けない空気を醸し出してたりするのよ(笑)

説明が足りなかったり、必用なことが抜けているタイプの人もいますよね。 こういう人はやはり誤解されてしまうことがとても多い気がするのです。 どうとでも受け取れてしまうような言い方をする癖のあるかたも、やはり誤解されることが多い気がします。

こういうケースだと、ご本人は、ちっともそんなつもりじゃないのに、相手からは全く違った風に受け止められていたりするのです。 会話の途中で、急に相手が無口になっちゃったり、理由もわからず、急に相手の態度が変わっちゃったなんて経験を、よくすることがある方は注意です。

それから、「ありがとう」とか、「ごめんね」とか、「助かるよ」なんていう言葉をどうしても省略しちゃいがちな人もいますよね。 照れ屋さんだったり、「言わなくてもわかってるでしょ」って思っていたりするのかな。 相手を信頼しているからこそ、なのだと思うんだけど、でも、こういうシンプルな言葉こそ、たくさん使わなくちゃいけないんだと思うのです。

いずれにしても…どのタイプにしても共通するんじゃないかって思うのが、言葉が足りない人って、もしかして相手に期待している部分が大きいような気がするんですよ。 相手が自分のことをちゃんと理解してくれるって。

多分そんな人って、人一倍、いつも相手のことを理解しようとしているのかもしれません。 だから、相手だって、たとえ言葉足らずでも、自分のことをいつもちゃんとわかってくれてるって、ある意味ちょっとした過信をしているのかもしれません。 

私は、人が口にする言葉のひとつひとつには、全て思いやりが詰まっていると思っています。 言葉そのものが思いやりを相手に伝えるツールです。 逆に、気持ちって、言葉にしなくちゃ伝えようがないことの方が多いんじゃないのかな。

たくさんの思いやりを言葉に変えて、たくさん口にしましょう。 あなたの口から音になって飛び出す言葉のひとつひとつが、全部思いやりなのだと思って…。

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